dsc_0060-min旧治療院のすぐそばにあった桜の木。

毎年、春になると綺麗なピンク色に染まって、少ない本数ながらそれは見応えがありました。

2ヶ月ほど前でしょうか、この桜の枝を伐採していまして。画像でも分かるように桜の葉の中を電線が通っていましたから危険だったのでしょう。火災事故が起こる前に思い切って…というところでしょうか。

 

そして、枝がなくなったことで2つの考え方が出てきたようです。1つは「枝が落とされてしまって来年の桜が見られなくて寂しい」というもの。もう1つは「枝が落とされたことで落ち葉の掃除に悩まされることがなくなった」です。

私はどちらかと言うと後者の考え方に近いですね。というのも、旧治療院のときは秋から冬の時期はこの桜の落ち葉を毎日掃除していました。1回で 45L のゴミ袋が一杯になる量です(しかも2つ)。ゴミ袋も自弁です。春は綺麗なんですが桜の花びらが散ってそれはそれで掃除が大変でした。移転してからはこの煩わしさから解放されましたが、近隣住民の方はきっと大変だったと思います。

確かに「枝が落とされてしまって来年の桜が云々」の方の考えも分かりますが、それは少し責任がなさ過ぎるのかなと。綺麗なものは見たいけど、(掃除等の)面倒なことはしたくありませんとも聞こえてしまうわけです。

これは野良猫に餌をあげてかわいがっている方の理論と一緒ですよね。排泄物等の世話は面倒だけど、餌をあげて懐いてくれているからかわいい、みたいな。

 

いずれにせよ、決断した後は周囲がとやかく言うものですが、言う方の多くは面倒なことがあることを理解していない場合がほとんど。

何事も大局観が大切ですよね。