予報通りの雨になった日曜日でした。各地でゲリラ豪雨が発生し、新潟市内も冠水したようです。大都市ほど雨水処理が追いついておらず、数年後には冠水は当たり前の世の中になってしまうかもしれません。
今日も雨模様の予報でしたが、湿度が低く気持ちのよい青空が広がっています。湿度が低いと気温が高くなってもあまり苦しくないので、いつも夏は湿度が低いといいのにな~と思ってしまいます。
食品添加物に対する議論は平行線を辿る
まず書いておきますが、小沼はガッチガチの食品添加物否定派ではありません。無農薬やオーガニックで身辺を固めているなんてこともありません。ただ、食品添加物については完全に安全なものという意識もありません。極力、控えたほうがいいものという認識です。
SNS を中心に、だいたい年間で1,2度は食品添加物に対する議論を見聞きします。ところが、この2週間くらいの間に2度も食品添加物に対する投稿が流れてきまして、またその言い分が個人的にはモヤモヤするものだったので改めて書いてみようと思った次第です。
こうした議論系の投稿は常に平行線を辿ります。そして、食品添加物を安全だと盲目している方の割合が多いので、結局は多勢に無勢の形を呈することになり、収束しないままブラックアウトするのが定例化しています。
結局、早死するのは孤立するから?
今回目にしたのは「食品添加物を避けている人ほど早死する」というもの。
食品添加物を避けている人ほど早死するというデータがあるのかは知りませんし、おそらくは投稿者の主観 (体感ベース)で書かれているものとは思いますが、半分合っているかなという印象です。
ストイックすぎる健康オタクは、高確率で「不機嫌」だ。
「なぜ、世間の奴らはこんなに身体に悪いジャンクフードを平気で食ってるんだ!」 「なんで、体に悪いとわかっている生き方をやめないんだ!」
彼らの目には、世間の大半の人間が「愚かで、不摂生な、怠惰な存在」に見えてしまっている。
「周りはみんなバカばかり。例外的に正しい知識を実践している賢い私」
このマインドセットに入り込んだ瞬間、人間はどうなるか。
猛烈に、社会的に孤立していくんだよ。
他人の生活習慣を心の中で辛辣にジャッジし、自分の正しさを証明しようとする。 そんなトゲだらけの人間が、他人と温かい関係を築けるわけがない。
結果、どうなるか。
食事や運動でどれだけフィジカルなストレスを減らそうが、それ以上に「他者へのジャッジと社会的孤立」という精神的毒素(ストレス)を、自ら脳内にドバドバと流し込むことになる。
合っているなと感じたのは「不機嫌である」「正しい知識を実践している私は賢い」という点。不機嫌さが高確率かどうかは分かりませんが、食品添加物をストイックに避けているほど他人の食事事情にいちゃもんをつけたがる傾向にあることは確かです。そして、食品添加物を避けている自分が正しく、それ以外は間違っているという思考になってしまう。
不機嫌、且つ、バカにする思考になるということは他人に (おそらく正しい知識を)教え理解させたいという欲求があるということなのでしょう。それが通じないから不機嫌になり、他人をバカにする思考になってしまう。自分が納得して避けていればそれでいいのに……と思ってしまいます。
投稿者さんは「ロゼト効果」についても言及されていました。この効果を要約すると「住民の結びつきが強い地域では心臓疾患の発生率が驚くほど低い」というもの (詳しくは検索してみてください)。発生率が低い理由として、コミュニティが非常に綿密で、誰もが同程度の水準で生活していたからと考えられています。つまり、食品添加物を避けて孤立化した人はそれが原因で早死していると言いたいみたいです。ですが、ロゼト効果は近年になって「研究の手法に多くの欠陥があった」「強い社会的絆が心臓疾患の発生率を下げたという根拠が不足している」「ワインを適量摂っていたから」「遺伝的要素や偶然の可能性が高い」と指摘されるようになっています。1960年代の研究ですから仕方ない部分もあるかなと。
食品添加物を避け孤立した人とロゼト効果に言及することで、いかにも「食品添加物は関係ない」とズラしに入り、結びは「隣人を愛し、隣人に愛されること」がいかに重要なのかを説かれていましたが、論点をずらしただけなんですよね。食品添加物関係なく、孤立した人は早死しやすいと報告されていますし (個人差あると思います。孤立しても長生きの人もいるでしょう)。
縄文時代に戻るしかない
別の投稿者さんは食品添加物を避けたいのであれば、そういう人は縄文時代に戻るしかないのでは?のような揶揄するような書き方をしていました。なかなかに毒々しく、香ばしい思考です。そも食品添加物が安全であるという思考があるから、こういう書き方になるのでしょう。
いや別にめちゃくちゃ危険なものという認識はありません。ただ、火のないところに煙は立たないという言葉とおり、食品添加物が完全に安全ではないから反対する人たちやそういう話が出てくるのだと思います。それを「国の基準を守っているから」とか「今まで何ともない」という話で押してくる。いや、国の基準はゆるゆるですし、今まで何ともないからって今後も安全とは限らない。
そして、食品添加物が台頭してきたのは「メーカーの利益優先」という考え方が土台にあることを忘れてはいけません。全国 (もしくは世界)に品質を落とさず商品を届けるには食品添加物によって日持ちをよくしたり、傷ませないことが必須。食中毒を起こさないことも重要です。表面上はそういう理念なわけですが、裏を返せば「売上をあげるために食品添加物で色味が変わらず、腐らないものを作る」ということ。さらに食品添加物を使えばコストも抑えることができる。購入者のことよりも自社の利益を優先した結果が今です。
食品添加物によって日持ちを良くするという理念を真に受けて、「某 Y 製パンは無菌状態で作るから腐らないのだ」と言う人いますが、無菌状態で作れるなら食品添加物いらなくね?って思うんです。まあ、それは極論だと思いますが、各社の理念を真に受ける人 (食品添加物は安全なんです!と主張する人)ほどパッケージの原材料表示を見ない人であることは確実ですし。
Y 製パンといえば臭素酸カリウムで有名ですが、ふわふわなパンを食べたいために毒を体内に入れたいとは思えないんですけどね。これすらも含めて、本当に食品添加物が安全だと認識しているなら、毎日3食コンビニやチェーン店のものを食べ続ければいいと思う。
確かに 100% の食品添加物を避けることは今の時代は無理です。それを完全に避けようとすると最初の投稿者さんがいうように「社会的に孤立する」のでしょう。ただ、それを気にする人としない人もいるので、結局は個々人の考え方に委ねられる問題です。
食品添加物を避ける話をすると「えー、それじゃ食べられるもの何もなくなる!」とか騒ぐ人いますけど、そういう人は普段から「まみれの食品」ばかりなんでしょうね。小沼は食品だけではなく身の回りの品についても7,8割避ける生活ですが、食べられるものがなくなったことは全くなく、むしろ非常に豊かな食生活です。毎日出来合いのものを食べている人こそ、選択肢は多いと思いますけど、食品添加物によって「美味しいと感じさせられているだけで」栄養価は非常に低いものばかり食べていて逆に可哀想です。
これは空気もそうです。人間は空気と食べ物からできています。常に人工的な香料 (食品添加物より全然危険)を体内に取り込み、食品は汚染されたものを食べる。小沼からしたら、そっちのほうが毒だよなあと思いますね。
とは言え、食品添加物も人工香料も登場してから日が浅く、今後人間にどう作用していくのかは分かっていない部分も多いです。無毒化できているのか、体内に溜め込んで時限爆弾化しているのか。個人的にはどっちも判定不能なんですから、より安全性の高い選択を取りたいと考えます。そうなると食品添加物と人工香料は避けるのが吉ってことになります (あくまでも ”小沼の考えでは” ですよ!)。
食品添加物も人工香料も「今のところ自身には問題ない」「だから摂り続ける」と思っているならそれでいいと思います。ただし「今は」ですけどね。未来はどうなるか分からない。3.11で政治家が「ただちに影響はない」と言っていて、今どうなってます? 放射線物質と食品添加物を比べるほうがナンセンスだと言われそうですがどちらも身体に害があると言われています。今日、口にしたもの、鼻から吸い込んだもの、皮膚に塗ったもの、それ本当に安全だって証明できますか?
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