院長プロフィール

院長プロフィール

<第52回東北鍼灸学会学術大会秋田大会:一般口演にて>

名 前: 小沼 慎介 (おぬま しんすけ) 
出 身: 埼玉県鷲宮町 (現・久喜市)
血液型: O 型 (よく A 型に間違われます)
星 座: 2月17日生まれのみずがめ座
免 許: はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師
家 族: 義母、妻、長女 (大学1年)、次女 (高校3年)、長男 (9才の黒猫)
趣 味: 読書 (自己啓発~フィクションまで)、音楽鑑賞、ドライブ、PC いじり
大好物: 無類のナッツ好き、身体に優しい自然食材
公 職一般社団法人 福島県鍼灸師会 業務執行理事 (総務部長)

 

ご挨拶

 

おぬま治療院で院長をしています、小沼慎介です。

ツライ症状が楽になると気持ちが軽くなり、患者さんの行動と思考がポジティブに変わる瞬間に何度も立会ってきました。カラダが変わると心まで変わるという確信を得、そこから “カラダも心も気楽になるお手伝い” を当院のモットーにして、日々施術を行っています。

当院で対応できる症状・疾患に対しては、とことん向き合いますのでよろしくお願いいたします。

細々とブログを書いています。
おぬま治療院 院長ブログ

 

治療院ストーリー(長文です)

以下、長文ではございますが小沼にご興味がありましたらぜひお読みください。

鳥山慎介 誕生

左官業の父、専業主婦の母の間に誕生。昭和50年2月17日未明に生まれたそうです。鳥山家の3人姉兄の末っ子として不自由なく成長できたこと、両親に感謝しています。

幼稚園の頃から腰痛を訴える父のため、腰に乗って足踏みしたり、電動のマッサージ器具を使っていたこともあり、当時から揉むことについては嫌だった記憶がありません。

小学2年生のときに教室で嘔吐してしまい、それをキッカケにおとなしい子になってしまいましたが、良い級友に囲まれ、引きこもりになることなく、人並みの過ごし方をすることができました。級友にも感謝しています。

 

治療家になるターニングポイントは高校3年生の夏でした

当時、心理学を学ぶため某 T 大学への進学を希望しており(とりあえず東京大学じゃないことは確かです!)、夏休みに高校公式の勉強合宿が開かれました。合宿中のある朝「腰が痛いから揉んでくれ」と合宿監督の先生に言われ、何気なく揉み始めると「うまいじゃん」と。幼稚園の頃から父親の腰を揉んでいる件を話すと「指圧の専門学校という道もあるぞ」と先生から言われました。

「指圧の先生かぁ」なんとなく気になりましたが、指圧 = お年寄というイメージが払拭できずにいました。ところが、当時学校に体育学の講師で来ていた先生から「選手のマッサージをしたり、リハビリをする裏方のトレーナーという仕事がある」と聞き、瞬間的に「これだ!」となりました。講師の先生が日本体育大学のご出身で、そこには学生だけで組織されているトレーナーチームがあることも教えていただきました。そして、某 T 大学で心理学を学ぶという目標から日体大でトレーナーになるという目標に一気に転換するのでした。

 

日本体育大学時代

体力ではなく、頭脳で日体大に合格(笑)。
周囲にはインターハイ優勝、国体連覇といった世界の違う同年代の選手が一杯。この中で4年間、スポーツ医学・テーピング・リハビリ・マッサージなどのケア全般を独学で学んでいきました。インターハイや国体などにもトレーナーとして参加し、一流アスリートのケアを担当しました。ひょっとするとこの時期が一番輝いていたかもしれませんね(汗)、それくらい濃い4年間でした。

大学卒業を控え、次の進路を考えます。
卒業後もトレーナーの道を目指したかったのですが、国内でトレーナーとして活動することは大変難しく(頂点に君臨する方々が偉大すぎて)、また大学4年間でトレーナーとして活動できる知識と技術を身につけたとは言え、世に出てしまえば免許(国家資格)を持たない「グレーゾーン」の人間なわけです。そこで大学卒業後は多くのアスリートがコンディショニングに利用している鍼灸の道へ進むことを目指します。

 

東洋鍼灸専門学校時代

大学に4年間も行かせてもらいながら、卒業後は新宿区・百人町にある東洋鍼灸専門学校へ入学。両親には多大なる迷惑を掛けました。本当にありがとう。当時、一番学費が安い学校を探し、昼間は学校で勉強、学校が終わった夕方以降は学費を含む生活費を稼ぐために働くという二足のわらじ生活。帰りが夜中になることも多く、入学当初は慣れない生活から寝坊して遅刻することもありました(汗)。

学校は周囲をブティックホテルに囲まれた好立地! 夕方になると電柱ごとに片言の客引きが立っているという物凄い環境の中を3年間通い、無事にはり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得しました。

 

国家資格取得後

鍼灸の学校を卒業した後の3年間は大学時代の先輩の誘いを受け、訪問リハビリマッサージの仕事をメインにしつつ、自分でも出張専門の鍼灸治療を開始。この時期、患者さんのお宅にお邪魔して治療をさせていただいたことが今でも大きな財産になっています。今でも訪問治療を行っていますが、この3年間で培ったものがベースとなっています。また、一般的な腰痛肩こりだけではなく、精神疾患や特定疾患・難病といった貴重な症例をたくさん拝見させていただき、本当に勉強になりました。

 

結婚・引っ越し・長女誕生・次女誕生

2000年(平成12年) 11月、妻と結婚。ちなみに出会いは大学時代です。なお、婿入りしましたので姓が小沼になりました。

2002年(平成14年) 10月に長女が生まれる予定でしたので妻の地元である会津若松市に移住しました。同年6月に出張専門として治療を開始し、同年9月に最初の場所でおぬま治療院を開院。

2004年(平成16) 1月に次女誕生。長女は1歳3ヶ月でお姉ちゃんに。そして「長女は小沼が 次女は妻が」という形ができあがり、今でも長女はお父さん子です。

 

おぬま治療院 新築移転

そして、2015年(平成25年) 12月3日。治療院を新築し、移転オープン。
この世に生まれてから38年、国家資格を取得してから13年。周りの治療家さんと比べても非常に遅い歩みではありますが、ようやく築けた自分の城。

 

化学物質過敏症発症~香害に対応した無香料治療院へ

順調に思われましたが2018年の春に体調を崩します。謎の頭痛、倦怠感、吐き気、両手両足のしびれ・脱力、記憶障害など…。原因を探っていくと TV で盛んに CM をしている合成洗濯洗剤と柔軟剤の成分に反応することが判明。いわゆる化学物質過敏症を発症してしまいました。自身は香りが苦手だったので一切使っていないにも関わらず発症した形です。

一時は治療院を閉院する寸前までいきましたが、来院される患者さんに事情を説明し、合成洗濯洗剤や柔軟剤の使用を中止することを快諾してくださる方だけを受け入れる「香害に対応した無香料治療院」を開始することになります。2018年秋のことです。

2018年の秋以降、ご縁ある患者さんに支えられて、なんとか無香料治療院を継続できています。人工香料だけでなく合成洗濯洗剤や柔軟剤が身体に悪いことを啓発しながら、来院される皆さんと一緒に成長していきたいと思います。これからもどうぞご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

・・・

こうして読み返してみると、高校3年生の勉強合宿がなかったら今の私は治療家になっていなかったかもしれないし、妻と出会うこともなく結婚していなかったかもしれないし、会津若松にもいなかったかもしれない。全く別の人生を歩んでいたかもしれません。

それを考えますと、高校3年生のターニングポイントも決して偶然ではなく、必然だったのかもしれません。これから先も悩み、考えることは尽きないと思いますが、人生には無駄なことが一つもないと実感しています。そして、縁とは不思議なものですね。今後もご縁を大切にしていきます。

長文にも関わらず、ここまでお読みいただきありがとうございました。
今度は治療院であなたのストーリーをお聞かせ下さい。

おぬま治療院 小沼慎介

院長小沼のことをもっと知りたい! という方はブログを読んでいただけたらうれしいです!

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